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色々突っ込みどころ満載だけど楽しんで書けたので良しとする。
あ、やんわりとBL表現出てきます。ごっつゆるい感じですが、一応、苦手な方はお気を付けください。
衣擦れの音がした。
茶碗を握って居た彼の両の手が膝の上へと戻って行ったのだ。
彼は俯いて居た。
「俺の方が、ずっと莫迦だ」
私は困惑した。此の事を聞きに走って来たと云うのに、私は彼の本質に触れる事に困惑して居た。
「俺は」
外で鳴る、風の音が聞こえた。強い風だった。
「俺は既に、十四の時に、経験をして居た。お前と同じような経験を。……俺は、その時、恐怖を感じた。嫌悪を感じた。嫌だった。怖かった。嫌で嫌で仕方が無かった。でも、逃げようとしなかった。俺は」
彼はそこで言葉を切り、首を振った。
「俺は、醜い」
自己を貶し、貶める言葉を吐く彼は、酷く痛々しかった。
「俺は、莫迦だ。愚か者だ。思考を、予想を、して来なかった。ああ予想だ、そうだ、百合子だ」
彼は不意に顔を上げて、
「お前、百合子を知っているか」
そう私に問いかけた。
その時の私は、百合子という人と面識が殆ど無かった。「緑り屋」に二人で入って行く姿を見かけた事が一度あった切りだった。だから私はその時、ああ瞼の重たい白い街娼だった哉、と思っただけであった。
「顔は、知って居るよ」
「そうか……。いや、然し、今百合子の話は関係が無い。切っ掛けで在って核では無い」
彼は混乱していた。彼の腕に力が入って居るのが見てとれた。きっと卓の下に置かれた手は固く握り締められて居るのだろう。
私は何か言葉を発しようとして唇を開いたが何を言って良いのか分からず、また唇を閉じた。
木目の女は微笑みを湛えた侭、時を停めて居た。
「俺は、身を以て経験して居たのに、お前が傷付くことに気付かなかった……。いや、実際は、俺は、本当は、気付いて居た。知って居た。お前が傷付くであろうことを知って居た。其れだと云うのに、俺は、一時ばかりの慾心に溺れて、お前に、触れて仕舞った」
私は彼の冷たい肌を思い出した。
「そう、それに加えて、俺は、お前がお前じゃあ無かったら如何したのだろうな。そうだ、他の奴等は良いんだ、其れすらも受け止めて、やって居るから。俺は金を払って遣って居るから。然し、お前に対して、俺は、余りにも、余りにも、一方的だった。お前が何も言わないのを良い事に俺は、何度と無く、お前を、傷付けた」
私はその辺りで漸く気付いた。彼は、私との今までの関係を悔いて居るのだ。彼が十五の頃より始まった靜かな繋がりを、悔いているのだ。
「すまない」
私は途端、泣きたくなった。言の葉に出さずとも伝わると思って居た。其れが伝わって居なかった。だから哀しかった。
「本当にすまない」
言の葉に出さずに居た為に彼を私は、傷付けて居たのだ。其れを早く伝えれば良かった。そう思った。だから悔しかった。
「俺は身勝手な、大馬鹿者だ」
彼は其の自虐の言葉と共に独白を締め括った。其れから彼はただ唇噛み、拳を握り乍ら、私の前で正坐をした侭だった。私はその間、彼が言った言葉全てを頭の中で反復した。
言わねばならない言葉を探しながら。
否、言わねばならない言葉など始めから決まって居た。
只、私は彼からの接触ばかりに慣れ過ぎて居たのだ。此れは、此の事は、彼が反省すべき事では無い。私が猛省すべき事だ。
反復の中、私は一つのことに気付いた。最も重んじられなければいけない大事が彼の周りで起きたと云うことに気付いた。然し、其れは矢張り彼が言った通り核では無い。確かに彼の人生において核ではあるが、此の話と其の話は全く別物だ。そうだ、彼は自らの人生の核についてをどうでも良い事だと横に投げ遣って、私に手紙を寄越したのだ。其の大きな問題よりも彼は私を選んだのだ。此れが終わったらゆっくりと其のことについて訊いてみよう。
そう思った自己陶酔的な私を、此の様な状況だと云うのに随分落ち着いたものだな、と窘める非自己愛的な私が居た。
そうだ、今は此れを解決せねばならない。私は彼を長い間傷付け続けて居たのだ。私が、あの言葉を言えば良い。其れだけなのだ。私は愚かな人間だ。自分だけ満足して、求める者に何も与えず、傷付け続けてきた。さあ、言おう。言えば全てが終わるのだ。彼の肌はきっとそれで温かくなる。
私は意を決して、口を開いた。丁度その時。
「おーい!」
突然、静寂が破られた。私は出鼻を挫かれた様な気分になった。
「おーい!」
店先から聞き覚えのある声がしていた。
「利根川さんだ」
彼はそう言って立ち上がり、足早に店先へ出て行った。利根川という人はこの店の常連客だ。
「すいません、お待たせしました」「何時ものを呉れ」私は店先で行われる会話に耳を澄ませた。「はい、有り難う御座います」がさがさと物音が聞こえた。「どうした」「……何がですか」「何時ものいけ好かない笑顔が無いじゃないか」其の問い掛けに対しての彼の返答は、聞き取れなかった。「……そうか。ところで、誰か来て居るのか」そう云えば、店先に草履を脱ぎ遣った侭だった。「あ、ええと」私は立ち上がり、店先に出た。
それと同時に、注連縄の落ちる音が聞こえた。
「こんにちは、利根川さん」
「なんだ滝口の次男坊か。詰らないな」
「何ですかそれ」
私が笑えば、その初老の男は大音声で笑い声をあげた。
「女だったら面白いと思ったんだよ」
利根川という人は気持ちの良い人だった。カランカラン、と高下駄の様に笑う人だった。
「そうだ坊主共、そろそろ所帯を持つと良い。そうしたら不倫の仕方を教えて遣る」
彼の口が真一文字に結ばれた。私は其れが少し面白かった。何時の間にか自己愛的な私が再び顔を出していたのだ。そして、そんな私は先程気付いたことを利根川に教えた。
「それなら、彼が先に御教鞭戴くことになると思いますよ」
「なっ」
彼は大きく驚いた。
「ほう」
利根川の瞳が星の様に輝いた。
「はははっ」
私は声をあげて笑った。笑いたい気分だった。
「じゃあ、私はこの辺でお暇するよ」
笑うだけ笑った私は草履を履いて、立ち上がった。
立ち上がる途中、彼の肩越しにあの言葉を落しながら。
彼は再び驚いて居た。そして同時に、笑って居た。嬉しそうに。
その事が私にはまた面白かった。要は、彼は受身になりたかったのだ。ずっと、ずっと前から。
思い返せば、なんて下らないことなのだろう。一寸、私が言葉を発すれば、その言葉を認めれば、終わった事だったのに。
「すまないね」
心の内でそう謝り乍ら、私は「では」と利根川に一礼して、店を出た。
私が店を出る時、利根川が声をあげた。
「おや。さくらの花びらだ」
風が大きく吹いた。
「妙だな、この辺りは未だ咲き始めたばかりだろうに」
彼が応える。
「ああ、それはきっと――」
私は振り返らず帰路を行く。
彼の声が、今度は確りと耳に届いた。
「春が来たからですよ」
あとがき
ふいいい………とりあえず、やっと終わりました、紅花シリーズ、こぞのはる!
以下、補足説明です^^^^^(正直、補足説明とか格好悪くて嫌いだけど元々紅花シリーズは自分の萌えを追及するのが目的であったから格好良いとか悪いとかもないのである。要は、下記に続くのは補足説明という名の萌え語り。
・「紅花」の八~九ヶ月くらいの話でした。
・蕪木が十五の時から、ふたりは身体のお付き合いをしています。
・身体のお付き合いはいつも蕪木のアクションから始まります。滝口は受け身。
・滝口は本当は蕪木大好きだっていうのに、それを認めたくなくて、「蕪木が私を求めるから」みたいな姿勢で居たんですねー。
・でも、そのおかげで蕪木が、この関係は一方的なものなのだと悩んじゃいました。
・それであたふたする滝口。
・あたふたしながらも自分のことで蕪木が悩んでることがものすごく嬉しい滝口。
・あ、それから、途中、滝口が気付いた大事っていうのは、蕪木が百合子を孕ませたってことです。
まあ、こんなもんかな。語ろうと思えばもっと語れますが、それはまたの機会に。
ここまでお付き合いいただきまして有り難う御座いました!
これからも紅花シリーズ、ちょいちょい書いてこうと思ってますので乞うご期待! なんてね。