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07.18
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05.06   comment (0)

「久し振りだな」
事前の知らせも無く、突然にして兄は現れた。
廂に風鈴がそよぎ始めた頃であった。
「あの男、倒頭、所帯を持ったそうじゃあ無いか」
蕪木のことである。兄は不自然に静かな所作で私の書斎に入り込み、部屋の中央に胡坐をかいた。私は文机の上の活字から成る丈、目を逸らさぬ様に返事を返した。
「はあ、そうですね」
「一体、何時の話だ」
「確か、桜が散る頃だったと思います」
燐寸棒の擦る音がした。
「ならば己がこの間訪れた時には既に結婚して居たって云うのか」
兄は紙で巻いた煙草を口に咥えて言った。
「兄さん、この様なところでは申し訳無い。部屋を変えましょう」
私はそう言って立ち上がった。煙草のヤニが書物に付くのが嫌だった為だ。
「お前は、己よりも本が大事か」
兄は其れを見透かした。私は兄が嫌いだった。
「一本や二本吸ったところで大して変わりゃし無い。それよりもほら、あの男の話を聞かせろ。嫁の見栄えは良いか。何処の生まれの女だ」
「昇!どこだい?」
母の声がした。
「助かった」そう思った。
「はい、此方です。なんですか」
兄は私に押し付けて部屋を出て入った。私は慌ててその煙草を縁側から地面に捨て、下駄の歯で火を捻じり消した。空を見上げれば、巨大な入道雲がゆっくりと此方に向かって来て居る様だった。
「寿司と蕎麦、何方が良いかね。矢っ張り寿司が良いかい」その言葉を聞いて、私はバタバタと机上に散らかった書物を片付けた。「いえ、お構い無く。直ぐに帰りますので」「そんなこと言わないでお呉れよ。ほら、何方が良い」母は元々声が大きい性質だが、兄は態と声を大きくして居る。「はは、困りましたねえ。そうですね、では、護や学にも訊いてみましょう」「良いんだよ護なんか。それに今、学は出掛けて居るよ」兄と母と三人で食べる食事など、真っ平御免だ。「そうですか、学は居ないんですか。残念ですね。では護に訊いてみましょう」
「その必要は無いです」
私は書斎から飛び出した。
「如何云うことだ」
「少々、用を思い出したので」
「おや、今から出るのかい」
母が怪訝そうな顔をして兄の影から声をかけた。
「ええ」
「何処に行くんだ」
兄は私の行く手に立ちはだかった。
「あ、先生の、お宅へ」
「何故だ」
兄が詰問を続ける。
「げ、原稿を、買って下さる人を紹介して頂くのです」
大嘘だった。然し、母はその嘘に喜んだ。
「それは直ぐにお行き」
「は、はい、有り難う御座います。では、行って参ります。兄さんお元気で」
一礼して、兄の前をすり抜けた。その日ほど母の単純さに感謝した日は無い。
「あ、傘を持ってお行き。降りそうだから。大事な原稿が濡れちゃあ敵わ無いからね」
母は私が原稿らしきものを持ってい無いことにも気付かず、私の背中にそう声をかけた。


唐突に始まって、唐突に終わる。特に続く訳でも無い。プロットも絵コンテも無しの一発書き。15分ぐらいで出来た。ただ兄が書きたかっただけ。それだけのこと。
あ、ちなみに学は弟の名前です。
そして滝口(護)は、この後蕪木の家に逃げ込みます。
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